H.モーザー -H. Moser & Cie.-

入荷したての「H.モーザー」ってどんなブランド?本日のニューフェイス

こんにちは。

「H.モーザー」が入荷

今日は先日入ったばかりのニューフェイスを紹介します。

【H.Moser & Cie】(H.モーザー)の

  • MAYU(マユ)
  • MONARD(モナード)

です。

そもそもこの【H.Moser & Cie】とは?

H.モーザーの歴史をおさらいしてみます。

「ヨハン・ハインリッヒ・モーザー」は、時計づくりの盛んな町、スイスのシャフハウゼンで育つ。1820年初頭に、父親から時計づくりを学んだ後、ル・ロックルでその知識を更に拡大。その後時計師として、シャフハウゼンから当時、大きな時計市場を持っていたロシアへ渡って幾つかの時計店での経験を積んだ。

1828年に、サンクト・ペテルブルグに自身の時計会社を設立(事実上、H.モーザーの始まり)。ビジネスマンとして優れたセンスを持っていたモーザーは、宝飾部門の1つとして時計を位置付け、且つシンプルな時計もその中で展開させていった。

その後、モーザーは販売網を広げ、卸売りとマニュファクチュールを同時に行うことにも成功。1829年に、ル・ロックルに時計工場を構え、ロシアとスイスだけではなく、ペルシャ、中国、日本と販路を拡大し、大きな成功を収めた(後にモーザーはル・ロックルで名誉市民に称された)。

1848年に、故郷であるシャフハウゼンに戻った後は、鉄道事業、ライン川のダム建設及び電力事業にも手腕を発揮し、地元の産業に大きく貢献(1868年に、F.A.ジョーンズがシャフハウゼンにIWCを創業する際に大きな支えとなった)した。これはシャフハウゼンという町が世界的な時計産業の街となる礎になった。

1874年に、モーザーが亡くなった後に会社や工場は売却されてしまう。また、20世紀に入り、ロシア革命や懐中時計から腕時計への移行等、世の中に大きな変化が起こるも、【H. Moser & Cie】の名前は残っっていたが、1979年、遂に時計製造から撤退してしまった。

その後暫くは時計の世界から姿を消えた様に見えた【H. Moser & Cie】だが、1990年代以降に機械式時計が再評価され、数々の名門ブランドが息を吹き返す。2002年に、ユルゲン・ランゲ博士等によって【H. Moser & Cie】の名が再び国際登録された。

2005年、バーゼルワールドにおいて、特殊な永久カレンダーを搭載した「モーザーパーペチュアル1」で本格的に時計ブランドとして返り咲く。2007年に、二重のヒゲゼンマイで安定した精度を誇る「ヘンリー・ダブルヘアスプリング」を発表。

2008年に、ブランドの顔である「マユ」・「マユ・パラジウム」・「マユ・ロディエ」・「マユ・ブラックパール」等を発表し、再注目を集めた。

ほぉ~、、成る程ね~。

MAYU(マユ)の3モデル

【MAYU(マユ)】

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【MAYU(マユ)】

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【MAYU(マユ)】

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【MONARD(モナード)】の3モデル

【MONARD(モナード)】

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【MONARD(モナード)】

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【MONARD(モナード)】

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店頭には既にスタンバイしてますが、WEBに公開するまでにはもう少し時間が掛かりますので、楽しみにしていて下さいね。

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